【読書感想文】ナミヤ雑貨店の奇蹟

人間は常に何かを選択している。 そして、何かを選択した裏側には、かならず選択されなかった何かがある。 人生を左右する重大な選択でも、その事実は変わらない。

ナミヤ雑貨店の奇蹟でも、人生を左右する重大な選択をする人間のエピソードがある。その重大さで比較すれば、夜逃げをする家族から逃げた男の子の話と、実家の家業を継がずにアーティストを目指した男の話が、筆頭に来るだろう。 夜逃げをする家族から逃げるという選択、実家の家業を継がずにアーティストを目指すという選択。その選択によって、彼らの人生は大きく変わった。結果としてそれらの選択は、人の生死にかかわるほどであった。どちらの選択も、その選択をしなければ、また違った人生があったはずだ。では、彼らの選択は正しかったのか、間違っていたのか？　彼ら本人はどう考えているのか？　あなたはどう考えるだろうか？

正しい選択と間違った選択

バタフライ効果という言葉がある。気象学者であるエドワード・ローレンツは「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか？」という問いを提起し、観測誤差をゼロにしない限り、正確な気象の予測は困難であることを説いた。ニュートンは物体の運動の法則を定義し、物体の運動の初期の状態が分かれば、時間経過によって変化する物体の運動を予測できることを示した。この予測の正確性は、初期の状態の正確性に依存し、初期の状態の観測誤差がごく僅かであれば、予測は十分に正確であると考えられた。しかし、気象などの一部の系では、初期の誤差が時間経過とともに蓄積し、予測がランダムであるかのような大きな差を生む。この特性を、初期鋭敏性とよび、バタフライ効果はカオス理論におけるその寓意的な表現にあたる。

選択は、選択によって得られる結果から比べれば、ごく僅かで小さいものだ。選択した彼らには、その結果は全く予測できない。選択によって、行動に変化が蓄積し、選択によって得られた結果は、選択しなかったことによって得られた結果とは、全く異なってくる。夜逃げをする家族に嫌気がさし、その家族から逃げる選択をした男の子の気持ちは良く分かる。実家の家業を継がずにアーティストを目指す選択をした男の気持ちも良く分かる。だが、選択した者に与えられた結果は、予測がつかないどころか、過酷といっていいだろう。彼らの人生は、まさにバタフライ効果であった。

結局のところ、私たちはほとんどの選択において、その結果を予測することが出来ないまま選択を行っている。予測ができるのは極々直近の未来に関わる選択に限られるからだ。今日の昼食にジャンクフードを食べたとしても、それがどんな結果になるというのだろうか。食事は、長期的に見れば健康や寿命に大きくかかわる。だが、アルコールを嗜み続ける全ての人が肝臓を壊すわけではない。

どんな選択をしたとしても、良いこともあれば悪いこともある。夜逃げをする家族から逃げずに一緒に居たら、男の子の人生は良いこと尽くめだったろうか。そんなことはないはずだ。アーティストを諦め実家の家業を継いだら、男は過酷な結果から逃れられただろうか。そうとも言い切れない。結果だけ見れば、結果を予測できない選択には何の意味もない。

だとしたら、私たちに残された選択の意味とは、自らの選択かどうかという点に尽きる。未来の自分には、今の自分の選択に納得してもらうしかない。どのみち、その選択をなかったことになどできないから、納得せざるを得ないのだ。自分の選択を大事に抱えて生きていくことしかできない。彼らの選択が、正しかったか、間違っていたかどうかは、評価することは出来ない。彼らの選択は、彼ら自身でも評価できない。正確には、その選択によって良いことも悪いこともあったからだ。たとえ違う選択をしても、同じように良いことも悪いこともあったはずだからだ。ほとんどの選択がそうなのだ。

バタフライ効果と人生の選択

小さな要因が、因果関係のもと大きな結果につながる、というバタフライ効果の概念は、昔から物語作品をドラマチックにする手法として使われてきた。バタフライ効果と人生の選択についてより考えたい人に、以下の作品を紹介したい。

ライフ イズ ストレンジ - PS4

ライフ・イズ・ストレンジは小説ではなく、ゲームであるが、主体的にプレイするために没入感も強い。主人公のマックスは、時間を巻き戻す超能力を得た高校生だ。時間を巻き戻すことによって、選択肢を変え結果を変えるというのが、ゲームとしての醍醐味になる。マックスは当初はその能力を楽しんで使っていたが、その選択が時に重大な結果をもたらすことに対して徐々に責任を感じるようになる。プレーヤーは、マックスを通じて、私たちが日々行っている選択の意味を考えることができるだろう。

ライフ・イズ・ストレンジは、ナミヤ雑貨店の奇蹟と必ずしも主題を同じくするものではない。しかし、ナミヤ雑貨店の奇蹟に人生の選択やバタフライ効果を想起させた人がいるなら、是非お勧めしたい。

ナミヤ雑貨店の奇蹟 (角川文庫)